2025/09/08

時間感覚の変わる空間でつくるもの

 MMSTでは、奈良県天川村という山村で築150年を超える古民家を改装したアトリエ施設を運営してきました。「芸術家が創作に集中するための空間」というコンセプトのもと、これまで数多くの作品を創作してきました。18年運営してきた当施設も諸事情で閉じることとなり、最後に私達の代表作を上演し、その長い歴史に幕を下ろす予定です。私が初めて天川アトリエを訪れたのは2013年、既に携帯電話がどこでも繋がることが当然な時代でしたが、アトリエでは一部キャリアが圏外という状況でした(2007年開設当初は全てのキャリアが使えなかったそうです)。また、アトリエ周辺には自販機さえなく、コンビニやスーパーにいたっては車を小一時間走らせなければなりません。まさに陸の孤島です。しかし、不便ではありますが、日常とは異なる不思議な「時間の流れ」を感じた、というのが私の第一印象です。時計の進度が変わるはずもないですが、時間の進む感覚がとにかく変わっているように感じるのです。「非日常的な感覚を深めるのに適した場所」と代表がいうとおり、都市部の利便性に慣れ親しんだ日常感覚を相対化するような何かがこの場所にはあるのだろうと思います。都会で公民館やレンタルスタジオといった場所を利用し創作をする場合、使用時間や音出しなどに制限がある場合がほとんどです。しかし、天川アトリエでは使用時間はもちろん、周囲に民家がほとんどないため、たとえ夜中に大きな音を出そうが苦情を受けることもありません。何より、稽古と日常を切り替える必要が無いため、実演家にとっては身体的な集中や感覚を開いた状態で持続することができるのです。かつてアトリエに滞在した俳優がこの場所を「精神と時の部屋」と称しました。大自然と共存しているような環境が人間の都合で管理されない「時間」を感じさせるのかもしれません。このような時間感覚の変わる空間でこれまで体験してきた非日常的な「時間」の堆積を有効に活用していける新たな「創作環境」を考えていきたいと思います。

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