かつて某有名美術大学に合格するためには、実技試験会場にいる受験生の中でデッサンが一番上手いと確信できることが指標であると言われていました。
これは「自分を信じよ」といった精神論などではなく、デッサンの実力について自分自身が他との比較の中で力量を正確に測れているかどうか、という具体的な問題です。デッサンは、初歩段階からある程度時間をかければそれなりに形にもなりますし、数をこなすと自分でも上手いのではないかと思えてくる瞬間もあります。しかし、そこで満足してしまえばさらに上手くなることは残念ながらありません。実力をつけるということは、この「満足」の基準を現実的に捉えていくということなのだと思います。美術学校時代の恩師から「人の目は肥えていき一度肥えた目はほとんど衰えないものなので、うまいと思うデッサンを数多くみなさい」と言われていました。眼力が養われることで自分のデッサンの不足点も見えてくるのだそうです。当時はデッサンの授業後に先生たちから容赦ないジャッジが下され、一番から最下位までシビアな順位が掲示され、自分の実力が今どの位置にあるのかという現実を否が応でも意識させられるという日々でした。美術に限らず物事を向上させようとする場合には、このようなシビアなジャッジが重要な働きをするのだと思います。今の自分の実力を曖昧にしたままでは、やはり的はずれな取り組みや目標を選択してしまいます。MMSTの稽古でも「自分が今どんな声を出しているか、そして自分の身体がどうなっているのかを正確につかむこと」が厳格に問われます。「自分だから自分がわかる」というのは幻想に過ぎず、自分自身を冷静に捉えて認識することは実は容易ではありません。学力テストでは点数によって自分の実力を測ることができますが、芸術においては基準自体が曖昧になってしまいがちです。好きなことを楽しくやることを目的としたサークル活動ならともかく、ある水準を目指した専門家としての活動を想定するならば、そこで必要とされる能力を曖昧にしない為の確固たる基準が必要になります。そこから常に自分の力量を測りつつ、必要な能力の獲得についてシビアな取り組みを続けることが重要なのではないでしょうか。堅実に実力を獲得すべく、焦ることなく端折らずに一つ一つ積み上げていきたいと思います。