2024/07/21

呼吸とコミュニケーション

 先日、韓国釜山で開催された「ロミオ&ジュリエット」をテーマとしたフェスティバルにM.M.S.T代表の百瀬が演出家として参加しました。出演者は、韓国人俳優と、日本人ギタリスト。分野、国、言葉も違う実演家の共演です。人間のコミュニケーションといえば一般的に、言葉や身振りなどを交わして意思疎通を図ることが多いと思いますが、今回の創作では3つの音素(破裂音、摩擦音、共鳴音)で会話の可能性を探ろうという試みが行われていました。 稽古では呼吸感覚の意識と音とのコミュニケーションの作業が行われ、俳優の台詞はあるものの、俳優とミュージシャンは、会話上のやりとりやカウントをとってタイミングを合わせるということはしていませんでした。 しかし、呼吸一つとっても多くの情報を伝える身体言語があり、確かにそこに「ある」コミュニケーションの瞬間が垣間見られた時、人と人が共存して目に見えない価値を創造する演劇の可能性を感じました。

2024/07/15

「今」の価値

  「今を大事に」という言葉はよく聞きますが、その「今」を本当に意識できているかと振り返れば日常生活ではなかなか難しいものです。 MMSTでは、創作に関して、関係するメンバーには本番も稽古も同じということを最初に共有します。 稽古であっても、本番と同様に臨むこと。 体調が悪いからという理由で、もしくは本番のために少し体力を残そうというような考えで、全力をかけられないようでは「今」を取り逃すことになります。 演劇は時間と空間の芸術と言われるように、俳優が同じ台詞をしゃべったとしても、同じ時間、空間は二度とかえってきません。 この「今」に対する価値をどれくらいもつことができるかが問われます。

   その一瞬の「今」の価値を一つひとつ積み上げることはとても難しいことだと日々稽古を見ていても感じます。 「“今”、この瞬間にどれくらい全力をかけられるか」の覚悟は、舞台の大きな価値と魅力だと感じます。

2024/07/07

1つを選択する一歩

 学生時代、論文を書くにあたって恩師から次のように教えを受けました。

「論文は思考を育てる訓練です、様々な視点やたくさんの言説がある中で、一つの仮説を立て、少なくとも「私はこう考える」と述べなさい、それが自分で考えることの一歩です」

   当時はそういうものかなと思う程度でしたが、その後社会に出て色々経験するうちに、人生の教訓のように思えています。   

 選択肢が多いことは色々な可能性が広がり良い面もありますが、反面、多くの中から何を選ぶのかという迷いが生じます。

   私は学生の時分にも「これは正解なのだろうか」とあれこれ迷い、何をしたかったのかわからなくなることさえありました。しかし、その選択の正誤を考えるにも結局のところ、まずは「これ」を決めなければ始まらないし、永遠に迷いをループし続けることになるだけです。

 たくさんの選択を持ち続けるよりも、一つを選択した一歩から、豊かな可能性が広がることがあると思います。

2024/06/30

やることを増やすという負荷

 MMSTでは、より負荷をかけ、やることを増やす方がよい、と稽古含めよく言われます。

 何かしら行動や選択をする時、じっくり考え、一度にやることは減らした方が、よりよい状況を生み出せるはず、と当たり前のように思っていた私にとっては不安しかない考え方です。    数年前、東京都心で荷物満載のバンを運転する機会がありました。ガンガンに攻め込んでくる大都市の交通状況に若干パニックになりながら必死で走行を終えた私に対し、同乗したスタッフがかけた言葉は、まさかの、「日頃の運転よりスムーズに運転していたね」。    自分の感覚としては、あちこち気にしていて、考える余裕なんてない。しかし、その方が結果うまくいくようだ、ということを体感的に感じた出来事でした。やることが増えるとその分負荷がかかり大変。しかし、その方が、なぜか適切な判断をする意識が働き、うまくいく方法を選択していたりします。そういう能力が人間には備わっているようです。

2024/06/23

他者意識によって生まれる想像力

 「想像力」を辞書で調べると、「想像する能力。目には見えないものを思い浮かべる能力」といった説明が並びます。

 クリエイティブな領域だけでなく、日常の些細な点においても、人間はこの能力を働かせながら生活をしています。AIなど情報技術の発達によって様々なことの利便性が増し、恩恵を受ける反面、私はこの想像力はどうなっていくのだろうかと考えることがあります。  最近私がよく現場を共にする韓国人俳優は、気遣いのプロと言えるほどに相手への配慮が細やかで、何も言わずともほしい情報を揃えていることがあり、未来を見越したそれらの行動を見ると、想像する力とは他者意識がどれだけ強く持続されるかということではないかと思います。  相手や今周囲がどういう状況にあるのかという他者への意識が、想像する力をより高めるのだろうと思います。    他者を前提とした芸術である演劇。これからの時代も、ここに生きるヒントを見出せるのかもしれません。

2024/06/16

拠点と創作環境

 MMSTでは、2007年から奈良県の天川村という山村にアトリエを構え、滞在して集中創作する場として活用しています。

 アトリエは村の中心部よりもさらに奥地にあり、周囲は豊かな自然に囲まれる分、それ以外何もないと言っても過言ではない場所にあります。最寄りバス停から徒歩1時間半、最寄りのコンビニにいたっては車で1時間。この日常空間と切り離された場所での創作は、多くの面で効果的な作用をもたらしています。利用時間や音問題を気にすることもなく、稽古ごとに様々なスタジオを転々とする必要もなく、腰を据えて集中できる環境は、自ずと作品のクオリティにも影響を与えます。
 私はアトリエでの創作現場を経験する度に、「拠点」となる場を持つことは、創作の基盤をより強くすることとパラレルだという考えを強めています。物理的に、簡単には逃げられないこの空間での集中創作が、まさに修行の地といわれる所以です。

2024/06/09

成り上がりの熱量

 何かを変えたり、動かしたりしようとする時、少なくともそこには大きなエネルギーを必要とします。

 効率化をもとめる現代社会の中では、そのエネルギーはコストとされることも少なくなく、 できるだけエネルギーをかけずに目標に辿り着くことの方が美徳のように語られることさえある時代です。    『成りあがり』(角川文庫/2004年)は、言わずと知れた日本のトップミュージシャン矢沢永吉が、貧しかった幼少期からミュージシャンとして成功していくまでの想いや経験談を赤裸々にまとめた自伝ですが、この道程には、「やってやるぜ」という尋常ではないエネルギーと行動力が一貫しており、時にはハッタリもまじえて、まさに「成り上がる」様が伺えます。    道なきところに道をつくること、彼に学ぶ「今にみてろよ」の熱量が試されるのであり、自戒も込め、この熱量と行動力こそが、巌も通すために求められる能力なのだと思います。

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