私がまだ幼い頃、祖母はよく「おてんとうさまが見てるからね」と言っていました。私への躾の一環で言うこともあれば、祖母自身が自らの行動を律しているようなところもあったようです。祖母がいう「おてんとうさま」は、ある種の信仰心ということには変わりませんが、実際のところ誰かの目、つまり他者を意識し続けるということなのだろうと思います。隣近所や地域的な結びつきが強かった時代には周囲への意識や配慮が当たり前にあったと思いますが、家族の中でさえ個別化されてきている現代では、周囲よりも個人のことを考える時間ばかりが肥大しているように思います。「先ずは自分のことを考えてからでなければ他人を思いやることはできない」という言説は、いつの間にか「正当な考え方」という風潮に変わってきています。この「まずは自分のこと」という内向きな思考の中で考えることが優先されていくと、「恥も外聞もない」世界がどんどん加速してしまうのではないでしょうか。ニュースをみていても見本となる大人が減っていると感じることが増えました。子どもに恥ずかしくない大人としての姿を見せられるのか、という意識をどれくらいの人が持てているのでしょうか。自分自身を振り返っても、余裕がなくなると知らず知らずのうちに自分のことを優先させてしまい、考える範囲が狭まってしまうことが少なくありませんし、結果いいようには決してなりません。そういう時にこそ、一旦立ち止まって他者を意識できると、視野も広がり、周囲との関係もうまくいくことが多いのではないでしょうか。「恥も外聞もない」世界をなんとか食い止めるため「まずは自分」という意識とは別に「他者に誇れる自分」というものを確立していく必要があるのだと思います。舞台芸術、特に集団芸術である演劇は「他者」を考えずには決して成立し得ないものであり、そして、そうであるが故に今こそ重要な意味をもつのではないでしょうか。