2026/05/25

義理人情の終焉

 数年前にMMSTが韓国で公演した際、荷物が多く劇場から空港までの移動に難を要したことがありました。出演者やスタッフの人数も考えるとタクシーを何台用意したらいいものかわからず、頭を抱えて現地の友人に相談したところ、過去にMMSTが関係した俳優やスタッフに状況が伝わり「何を水臭いことを」と言わんばかりに、車持参で次々と韓国の演劇人が現れて空港まで荷物とともに送ってくれました。見送りのためだけに空港まで来てくれた俳優もおり「忙しいのに悪いね」と話したところ「当たり前ですよ、家族じゃないですか」と平然と返されました。「釜山は福岡と近いからいつでも会える」と軽く考えていた私にとって、自分自身の中に薄れていた「義理人情」という言葉を強く思い出させられた経験でした。韓国の人々には宗教や文化的な背景から、親しくなると「家族と同じだ」という感覚があるらしく、実際の血縁家族の関係でさえ希薄になりつつある日本の状況からすると、なかなか羨ましい人間関係が作られていると思います。かつては日本の美徳とされていた義理人情でしたが、現在の日本社会ではどうでしょうか。「社会的ルールを重んじる日本人の礼儀正しさ」は、災害時においては今でも世界的な賞賛を受けることがありますが、残念ながら日常生活において胸を張れるほどのことが少なくなってきているように思います。私自身の行いを考えても、強く意識しなければ韓国人の「当たり前」のように義理を通すことができなくなっているように思っています。単純なギブアンドテイクではなく「困っているならお互い様」という感覚で関係し合うことは、やはり重要なことなのではないでしょうか。時間の無駄、お金の無駄、そしてそのような「無駄」を省くことが価値とされる現代社会では残念ながら「義理人情」は終焉を迎えつつあります。私はそこで終わりつつあるものを憂いて流れに抗ったり現状を悲観的に見物するのではなく、「終わり」からの「始まり」として、私の考えるこれからの「義理人情」を始めていくことにしました。人生に悔いを残さないよう、私にできること、やるべきことを粛々と実行していきたいと思います。

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