努力に勝る天才なし、という話は幼い頃から何度となく耳にしてきました。真理の一つだろうと思う一方で、それでも才能のある人々に憧れや嫉妬心を抱くことが学生時代を含め多々あります。歌舞伎役者の坂東玉三郎氏がとあるインタビューの中で「努力の重要性」について語っていました。彼は「天才と言われる人でも努力がなければ絶対に成功しない」と断言していました。そして、その努力の方法は人それぞれで決して教えることができない、たとえ遠回りをしたとしても自分自身で試行錯誤しながら自分に合う方法を探って続けるしかないという趣旨の話をされていました。玉三郎といえば所謂天才と言われる側の一人だと考えていたため、このような話をしていることに少し驚きがありました。天才が努力したら敵わないではないか、という思いも正直なくはありません。ただ、結局は努力が必要であり、それしかないのだということをあらためて考えさせられたインタビューでした。世界中で賞賛されているプロ野球選手の大谷翔平もかつては普通の少年で、ただ優れていたのは努力を惜しまなかったことなのだそうです。努力を積み重ねられるかどうかが一つの才能だとはよく言われますが実際に世の中を見渡せばやはりそうなのだろうと思います。腐らずに一つひとつ積み重ねていけるかどうか、すぐに結果がでなかったとしても己で決めた目標達成の為に試行錯誤を続けていくことができるか、それができないことを「才の有無」のせいにしてはいけないということを先人達は教えてくれているように思います。ここは私の勝負だと肝に命じて日々前進したいと思います。
MMSTキュレーターの古賀裕奈が、週に1度、日々の活動や社会との接点のなかで生まれた問いを思考のメモとして書き留めている場所です。 すぐに答えが出ることはありません。 それでも、考え続けることを手放さず生きたいと思います。
2026/07/27
2026/07/19
アートはセラピーではない
「アートは美しいもの」
作家は自己表現として作品をつくり、その技術が高ければ高いほど、またアイディアが優れていればいるほど「人を感動させるだろう」と安易に考えていた私は、高校時代に初めてピカソの作品を目にし、技術やアイデアを突きやぶるようなその暴力性に驚かされました。なぜ彼はこのような「醜い」絵を描くのか、と大きく混乱し、初めて「美とは何か、アートは何のためにあるのか」という大きな問いに出会ったような気持ちでした。
批評家の浅田彰氏は、アートが弱者の自己主張や人々への癒しとして扱われている現代の風潮に対し、「アートはセラピーではない」と鋭く喝破しています。私はこの発言により、それまでモヤモヤとしていた霧が少しだけ晴れた気がしました。芸術作品の中には、何が描かれているのか「わからない」もの、気持ちのいい感覚というよりはむしろ「違和感」や「不快感」を生み出すものが多いのではないでしょうか。自分が見ている世界とは違う世界(価値観)に遭遇すると言い換えてもいいかもしれません。私はこの「わからない」や「自分の信じていた価値観を時には脅かす」ような出会いが、アートの意義や可能性を考える上で重要なことではないかと思っています。アートを媒介に「地域連帯」「共感」「癒し」を醸成する立場もわからなくはありませんが、そればかりでは「わからない」ものへの免疫が低下し、同じ価値観や思考を持った者同士が集う閉塞的なコミュニティーの乱立が加速してしまうように思います。
かつて芸術を学び始めた高校生の私にピカソが突きつけた「わからなさ」は、大きな混乱と同時に、その後の私の生き方にも影響を与える「思考」の機会を作ったと言っても過言ではありません。「わからないから遠ざける」のではなく、「わからないからこそ対峙する」という他者との遭遇が芸術によるコミュニケーションのあるべき姿なのではないでしょうか。その意味において「アートは美しいもの」なのだと私は考えています。
2026/07/12
過去の反省と未来への備えで現在を取り逃す
MMSTの稽古では頻繁に「今」ということが演出家から問われているのを目にします。この言葉を聞いた当初は、「今」が当然に存在するものだと思っていたため、演出家のいわんとすることがいまいちわからずにいました。この「今」の中でどうするかを考え対応することは意外にも難しいと感じています。私は小学生の頃から将来への不安を抱える方でした。小学生の段階ですでに大学受験で失敗したらどうしよう、就職ができなかったらどうしようと未来を先取りし、ネガディブな想像ばかりを膨らませ、自ら不安を増幅させていました。「失敗しないために前もって準備をした方がよい」という話があちこちから耳に入り、いつの間にかその教えが真理かのように染み付いていきました。しかしながら、蓋を開けてみれば、私は大学受験で第一志望校には落ちましたし、就職活動もスムーズにはいきませんでした。そして、毎回過去の自分の振る舞いを反省しては「過去にこうだったから」ということを理由にその時の行動を考える癖もついていました。常に「未来」か「過去」を参照に「今」を生きていたといえます。そんな中、とあるMMSTのミーティングの際に代表から「今、考えてみなさい」と言われたことがあります。私としては今考えているつもりでしたが、代表曰くその時の私は「過去」の参照と未だ来ぬ「未来」の想像の中で考えているのであって、「今」実際にメンバーがいるこの時この空間の中で考えられていないということでした。一瞬頭が真っ白になり、「今」必要な発言や態度とは何かを考えることの難しさを強く感じたのを覚えています。これらの話は、準備は必要ないという意味では決してありません。準備は必要である、しかしそれは「今」考え対応することとは違うということです。どんなに就職活動のための面接のイメージトレーニングをしても実際面接官と対峙した時にイメージと同じシチュエーションになることは稀です。実際に目の前にいる面接官が何を聞いているのか、どういう人材を欲していて自分はどう応えるのかというキャッチボールができなければただ独りよがりになってしまいます。「今」どうするかと向き合う思考と勇気をもって、「今」を積み重ねていきたいと思います。
2026/07/05
今、必要な場所
福岡市中央区平尾エリアにかつてFUCA(Fukuoka Urban Community of Art)というアートスペースがありました。倉庫を改装してつくられた2階建の施設で、2012年にスタートし、毎年公募で選ばれた4組のアーティストが1年限定でアトリエをシェアするというアーティストインレジデンスの活動と、1階にあるイベントスペースの運営を主におこなっていました。5年間という期限付きの活用ということで2017年には閉鎖されてしまいましたが、福岡で活動するアーティストには今でも記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。MMST代表はこのFUCAの第1期レジデントアーティストとして活動していました。私が初めてFUCAを訪れた際、中心部に近い都市部の中にひっそりとありながら、一歩中に足を踏み入れると強い個性を持った独特な空間が拡がっており、知らぬ間に魅了されてしまったことを覚えています。
代表がレジデンスアーティストとして活動していた縁もあり、その後も何度となくMMST主催の展示や公演で使用させていただいた思い出深い場所です。私自身も1年ほどFUCAの運営に携わらせていただいたことがありますが、アートを中心としながら、クリエーター、作家、音楽家のみならず、アートという垣根を超えて様々な出自の人々が集まる、まさに「Urban Community」な場所であったことが強く印象にあります。イベントスペースの隣に音楽スタジオを構えていたエノトンスタジオさん(現在は福岡市中央区赤坂に移転)は、カフェも運営しておりイベントスペースにて展示や公演を見たお客様が自然と立ち寄る空間になっていました。FUCAに行けば非日常的な感覚が味わえるかもしれない、普段出会わないような人に出会えるかもしれない、そんな期待を毎回持たせてもらえる場所でした。時には「何者だろう」というデタラメな人も含め、とにかく人々が集い多くの出会いが交わされ、一種の文化サロン的な位置付けになっていたように思います。必ずしも難しい話ばかりが行われていたわけではありませんが、芸術、文化、社会、それをとりまく様々な問題や課題意識がフランクに飛び交う場所で、FUCAを訪れ感銘を受けた人がその後自分の友人知人を連れてくることも多く、その輪が自然と広がっているようで、振り返ってもなかなか特殊な磁場を持った空間だったと思います。世界が混沌としている今こそ、このような場所が必要とされているのではないでしょうか。エンターテイメントを提供する場は無数にあり、勿論それ自体を否定するつもりもありませんが、共感性の拡大だけでは息苦しい社会になってしまうようにも思います。異なる文脈で生きる者同士が出会い、異なる者同士が力まずに語り合う場があることによって、人間が持つ「多様性」が活かされる社会が生まれるのではないでしょうか。MMSTでも今後そういう場をつくり出すべく実行していきたいと思います。
2026/07/02
挑戦としての「アジア戯曲賞」
韓国・台湾・日本の交流プログラムとしてはじまったEast Asia Theater Interaction(略称EATI)は、今年で10周年を迎えます。このプロジェクトは、東アジアの演劇人が、舞台創作を通して相互の文化芸術を深く享受し、国家の理念と対立を超えた和合と共存の道を創造していくことを目的として2016年に韓国釜山からスタートしました。コロナ禍でも交流の途絶えない方法を探りながらなんとか継続し、韓国、台湾でも2度の巡演開催を経て、今年は2022年以来3年ぶりの福岡での開催になります。この共同創作プロジェクトでは、毎回3カ国の演出家と俳優らが3チームに分かれてそれぞれ一つの作品を創作しますが、同じテキストでも最低3つの言語に翻訳して解釈し、異なる言語の中で意思疎通をしなければなりません。この時「国を超える言葉、戯曲とは何か」という問題に必ずぶつかります。近年は周知の通りAI技術が発達し、翻訳もある程度精度の高いものが短時間で作成できるようになりました。しかし、容易に言葉や文化が越境できてしまうという安易な感覚が生まれてしまっているとも言えるのではないかと思います。立ち止まってよく考えてみると作家が意図した、或いは意図せずとも「書かれてしまった言葉」が翻訳というプロセスを通ることで作品はどう機能するのでしょうか。
異なる文化圏特有の翻訳できない「言葉」の場合は?意味として通じることだけで成立しうるのだろうか?
「国を超える」言葉はどのように上演されるのか?
創作を進めていくと、言葉・翻訳・上演という具体的な要件の中で悩まざるを得ず、ここに創作を通して交流することの難しさと、魅力が詰まっていると私は考えています。そこで今回、EATI10周年を記念して「アジア戯曲賞」を創設することにしました。
『翻訳されることを前提に、自ら多言語テキストを創り出す』
これはアジア戯曲賞の公式サイトに掲げた文言の一つです。単に国を超えた戯曲賞を創るということだけではなく、あくまでこれまでのEATI実施の中で取り組んで来た試みの延長として捉えており、翻訳における言葉のデザインを考える機会という点にこだわっています。
細かい応募条件等はサイトを見ていただきたいと思いますが、この賞では、劇作家自身が「自分の言葉が他言語に翻訳され、異なる文化圏で上演されること」を執筆段階から強く意識することを重要視し、応募する際に「日本語・英語・中国語・韓国語」の4言語すべてのテキストの提出を義務づけています。4言語の翻訳ともなればかなりの負担を強いられると感じるかもしれませんが、今回AI翻訳の活用を推奨・許可しています。現代のテクノロジーも活用しながら、他言語に開かれた「言葉」のデザインを考え、国を超えた多角的な視野を広げていく劇作家・作品との出会いを期待しています。
「アジア戯曲賞」
https://eastasia-ti.org/award2026