2026/07/19

アートはセラピーではない

「アートは美しいもの」

 作家は自己表現として作品をつくり、その技術が高ければ高いほど、またアイディアが優れていればいるほど「人を感動させるだろう」と安易に考えていた私は、高校時代に初めてピカソの作品を目にし、技術やアイデアを突きやぶるようなその暴力性に驚かされました。なぜ彼はこのような「醜い」絵を描くのか、と大きく混乱し、初めて「美とは何か、アートは何のためにあるのか」という大きな問いに出会ったような気持ちでした。

 批評家の浅田彰氏は、アートが弱者の自己主張や人々への癒しとして扱われている現代の風潮に対し、「アートはセラピーではない」と鋭く喝破しています。私はこの発言により、それまでモヤモヤとしていた霧が少しだけ晴れた気がしました。芸術作品の中には、何が描かれているのか「わからない」もの、気持ちのいい感覚というよりはむしろ「違和感」や「不快感」を生み出すものが多いのではないでしょうか。自分が見ている世界とは違う世界(価値観)に遭遇すると言い換えてもいいかもしれません。私はこの「わからない」や「自分の信じていた価値観を時には脅かす」ような出会いが、アートの意義や可能性を考える上で重要なことではないかと思っています。アートを媒介に「地域連帯」「共感」「癒し」を醸成する立場もわからなくはありませんが、そればかりでは「わからない」ものへの免疫が低下し、同じ価値観や思考を持った者同士が集う閉塞的なコミュニティーの乱立が加速してしまうように思います。

 かつて芸術を学び始めた高校生の私にピカソが突きつけた「わからなさ」は、大きな混乱と同時に、その後の私の生き方にも影響を与える「思考」の機会を作ったと言っても過言ではありません。「わからないから遠ざける」のではなく、「わからないからこそ対峙する」という他者との遭遇が芸術によるコミュニケーションのあるべき姿なのではないでしょうか。その意味において「アートは美しいもの」なのだと私は考えています。

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