2026/10/11

国際交流の難しさ

MMSTが国際交流事業に携わるようになって10年以上が過ぎました。

意識的に国際交流に注力していたというよりは、韓国の劇団との共同公演から始まり、そこからの縁で共同制作やワークショップといった事業を続けてきた結果、気付けば毎年のように韓国や台湾との国際的な事業を行っていた、というのが実情です。
そのような事業を実施してきた具体的な経験の中で感じたことを少し振り返ってみたいと思います。

かつて「日本人は勤勉」というような印象を持たれていた時代がありましたが、時代も進み各国の人種的なイメージも大きくかわってきているように思います。実際、ここ数年事業を進める中で「●●人はこうだ」という言説に疑問を持つようになりました。たとえば「日本人は曖昧な表現が多く主張がわかりづらい」というもの。確かに日本語には曖昧な表現も多く、場合によっては誤解されることがあるのは事実です。しかし実際、海外の関係者らとやりとりをしてみると、それは表現の仕方や価値観の優先順位の違い程度の問題に過ぎず、総合的なコミュニケーションの場においては韓国人や台湾人もさほど変わらないというのが実感です。いずれにせよ重要なのは「相手の立場をどれくらい想像できるか」ということであり、そこがない場合は言葉が通じる日本人同士でも交流は難しいのではないかと思います。国を超えると「違う」ということが当然意識されやすくなりますが、その際に安易に「●●人はこうだ」と捉えて違いを認識するだけに留まると、むしろ分断され「交流」にならないのではないでしょうか。「交流」というものに価値を認め、それを本気で実行する為には、異なる価値観や文化を互いに理解し、自身の価値観から一歩踏み出て新たな価値観に飛び込んでいく「勇気」のようなものが必要なのだと強く感じています。そして、最も困難なことは、このような理想を現実の場において実行することです。日本人であれ、韓国人であれ、台湾人であれ、このような理念に理解を示す人は少なくありませんが、具体的な実践の場でその理念を実行する人は残念ながらそう多くありません。諦めずに「国際交流」の実行を目指して邁進していきたいと思います。

2026/09/29

継続・中断・再開

現実はつきつけてくる。
日々起こる様々な現実に負け、このブログをしばらく継続することができませんでした。
どんなに言い訳をしても、継続できなかったことが「現実」

やることを減らしたり確認できる範囲までスピードを落とした方がうまくできるというのは幻想だ、とMMST代表がよく言う話です。
実はやることが多い人の方が判断力も早く、進め方にも工夫があり結果的に良いパフォーマンスをするということなのだそうで、現実的にそうなのだろうと周囲をみても思います。

さて、中断して何をしていたかというと、
EATIという韓国・台湾・日本の3ヵ国で連携しておこなう国際交流プログラムに関わっていました。約2週間の滞在創作と公演、3ヵ国から参加した演出家と俳優たちとは日々寝食を共にしながら作品のことや生活のこと、様々な観点で「交流」をおこないました。今はAIが非常に発達しているおかげで、言語はほとんどといって良いほどにフォローしてくれます。しかしながら、単純に言語が通じればうまく交流できるかと言えば、やはり人間同士、一緒に生活する中では思いもよらない「現実」が日々おこるものだとしみじみと感じた2週間でした。
当初、些細な行き違いは国や文化的価値観の違いによるものだと思っていました。しかし、よく考えれば同じ日本人同士でさえ生きてきた環境も年代も違うのですから、そういう他人同士が共に生活をすれば何かしら問題が出てきても不思議はありません。
創作過程をみていても、言語の壁はもちろん、それぞれの方法論や経験、技術などの違いは時折中断を余儀なくされます。それでも、その違いを超え、一つの作品づくりを通して他者を理解する、ここに「交流」の意義があるとあらためて感じました。

確かに、共に生活し、お酒を交わしながらお互いの文化から個人のことまで話をすればある程度仲も良くなります。そこで仲良くなるだけなら、わざわざ「創作」を中心に据える必要はありません。しかし、このEATIがわざわざ「創作」を通じる「交流」をおこなうのは、他者とともに悩み、考え、見えないけれども確かにある時間と空間をつくろうとする、そのことこそが「交流」だと考えるからです。

今回短い期間ながらあちこちで中断してしまいそうな危機は大小度々起こりました。
しかしその度にそれぞれのセクションで解決の糸口を探り再開して最後まで粘り通していました。
一度中断すると再開するのにはなかなか骨が折れますが、他者との交流でも「途絶えたら終わり」ではなく何度でも再開して交流を続けお互いを知るという粘り強さは今後の社会情勢を見ても益々必要な態度なのだろうと思います。

無理矢理ですが、関連づけるならばこのブログも粘り強く継続していこうと思います。

2026/08/09

悲劇と喜劇

 MMSTでは、2020年からシェイクスピアの「オセロ」の創作に取り組んできました。「オセロ」はシェイクスピアの四大悲劇の一つとして今なお世界中で上演されている作品です。2020年に創作したインスタレーション作品をVer.1.0としてスタートし、2022年にはver.2.0として国際共同製作による舞台作品を創作、以後釜山国際演劇祭での上演や国際交流プログラムEATIでの上演、2025年には台湾の2劇場にて[Ver.2.0]と[Ver.3.0]を同時上演しました。

「オセロ」は、従臣イアーゴの策略に嵌られた主人公のオセロが、最愛の妻の不貞を疑って妻を殺し、罠だと知って後悔の末に自身も自害してしまう、という物語です。最初の読後感では、この行き場のない展開に悶々としながらも、フィクションの一つとしてそこまで深く考えていなかったように思います。しかし、オセロの舞台創作を間近で繰り返し見るうちに、この悲劇的な物語はシェイクスピアが捉える人間象によって炙り出された「喜劇」なのではないかと思うようになりました。特に、MMSTで創作したオセロ[ver.2.0]では、登場人物は全て老人、しかも繰り返し「オセロ」を演じ続けてきた役者たちとして演じられています。既に分かっている結末を、杖を頼りに足も覚束ない老人たちが演じ続けている「オセロ」、そして何故か真面目であればあるほど、どこか可笑しみが出てきます。シェイクスピアの作品は人間というものの不完全さや不合理さに直接素手で触れていくような感触があり、その地平においては悲劇も喜劇も並列に並べられてしまう、という驚きのようなものがあります。「人間の業」と呼ぶしかないようなものに対する作家の視線や執着が、私たちを惹きつけているものの正体なのかもしれません。

  MMST代表がかつて「自分はコメディをつくっているつもりだが、なかなかそう思われない」と冗談めいて話していたことがあります。一見悲劇と映るものの中に見出される喜劇。演劇の面白さとは、俳優と空間を共有しテキストに描かれていること以上の発見をしていくというところにあるのではないでしょうか。

2026/07/27

凡才の努力

 努力に勝る天才なし、という話は幼い頃から何度となく耳にしてきました。真理の一つだろうと思う一方で、それでも才能のある人々に憧れや嫉妬心を抱くことが学生時代を含め多々あります。歌舞伎役者の坂東玉三郎氏がとあるインタビューの中で「努力の重要性」について語っていました。彼は「天才と言われる人でも努力がなければ絶対に成功しない」と断言していました。そして、その努力の方法は人それぞれで決して教えることができない、たとえ遠回りをしたとしても自分自身で試行錯誤しながら自分に合う方法を探って続けるしかないという趣旨の話をされていました。玉三郎といえば所謂天才と言われる側の一人だと考えていたため、このような話をしていることに少し驚きがありました。天才が努力したら敵わないではないか、という思いも正直なくはありません。ただ、結局は努力が必要であり、それしかないのだということをあらためて考えさせられたインタビューでした。世界中で賞賛されているプロ野球選手の大谷翔平もかつては普通の少年で、ただ優れていたのは努力を惜しまなかったことなのだそうです。努力を積み重ねられるかどうかが一つの才能だとはよく言われますが実際に世の中を見渡せばやはりそうなのだろうと思います。腐らずに一つひとつ積み重ねていけるかどうか、すぐに結果がでなかったとしても己で決めた目標達成の為に試行錯誤を続けていくことができるか、それができないことを「才の有無」のせいにしてはいけないということを先人達は教えてくれているように思います。ここは私の勝負だと肝に命じて日々前進したいと思います。

2026/07/19

アートはセラピーではない

「アートは美しいもの」

 作家は自己表現として作品をつくり、その技術が高ければ高いほど、またアイディアが優れていればいるほど「人を感動させるだろう」と安易に考えていた私は、高校時代に初めてピカソの作品を目にし、技術やアイデアを突きやぶるようなその暴力性に驚かされました。なぜ彼はこのような「醜い」絵を描くのか、と大きく混乱し、初めて「美とは何か、アートは何のためにあるのか」という大きな問いに出会ったような気持ちでした。

 批評家の浅田彰氏は、アートが弱者の自己主張や人々への癒しとして扱われている現代の風潮に対し、「アートはセラピーではない」と鋭く喝破しています。私はこの発言により、それまでモヤモヤとしていた霧が少しだけ晴れた気がしました。芸術作品の中には、何が描かれているのか「わからない」もの、気持ちのいい感覚というよりはむしろ「違和感」や「不快感」を生み出すものが多いのではないでしょうか。自分が見ている世界とは違う世界(価値観)に遭遇すると言い換えてもいいかもしれません。私はこの「わからない」や「自分の信じていた価値観を時には脅かす」ような出会いが、アートの意義や可能性を考える上で重要なことではないかと思っています。アートを媒介に「地域連帯」「共感」「癒し」を醸成する立場もわからなくはありませんが、そればかりでは「わからない」ものへの免疫が低下し、同じ価値観や思考を持った者同士が集う閉塞的なコミュニティーの乱立が加速してしまうように思います。

 かつて芸術を学び始めた高校生の私にピカソが突きつけた「わからなさ」は、大きな混乱と同時に、その後の私の生き方にも影響を与える「思考」の機会を作ったと言っても過言ではありません。「わからないから遠ざける」のではなく、「わからないからこそ対峙する」という他者との遭遇が芸術によるコミュニケーションのあるべき姿なのではないでしょうか。その意味において「アートは美しいもの」なのだと私は考えています。

2026/07/12

過去の反省と未来への備えで現在を取り逃す

 MMSTの稽古では頻繁に「今」ということが演出家から問われているのを目にします。この言葉を聞いた当初は、「今」が当然に存在するものだと思っていたため、演出家のいわんとすることがいまいちわからずにいました。この「今」の中でどうするかを考え対応することは意外にも難しいと感じています。私は小学生の頃から将来への不安を抱える方でした。小学生の段階ですでに大学受験で失敗したらどうしよう、就職ができなかったらどうしようと未来を先取りし、ネガディブな想像ばかりを膨らませ、自ら不安を増幅させていました。「失敗しないために前もって準備をした方がよい」という話があちこちから耳に入り、いつの間にかその教えが真理かのように染み付いていきました。しかしながら、蓋を開けてみれば、私は大学受験で第一志望校には落ちましたし、就職活動もスムーズにはいきませんでした。そして、毎回過去の自分の振る舞いを反省しては「過去にこうだったから」ということを理由にその時の行動を考える癖もついていました。常に「未来」か「過去」を参照に「今」を生きていたといえます。そんな中、とあるMMSTのミーティングの際に代表から「今、考えてみなさい」と言われたことがあります。私としては今考えているつもりでしたが、代表曰くその時の私は「過去」の参照と未だ来ぬ「未来」の想像の中で考えているのであって、「今」実際にメンバーがいるこの時この空間の中で考えられていないということでした。一瞬頭が真っ白になり、「今」必要な発言や態度とは何かを考えることの難しさを強く感じたのを覚えています。これらの話は、準備は必要ないという意味では決してありません。準備は必要である、しかしそれは「今」考え対応することとは違うということです。どんなに就職活動のための面接のイメージトレーニングをしても実際面接官と対峙した時にイメージと同じシチュエーションになることは稀です。実際に目の前にいる面接官が何を聞いているのか、どういう人材を欲していて自分はどう応えるのかというキャッチボールができなければただ独りよがりになってしまいます。「今」どうするかと向き合う思考と勇気をもって、「今」を積み重ねていきたいと思います。

2026/07/05

今、必要な場所

 福岡市中央区平尾エリアにかつてFUCA(Fukuoka Urban Community of Art)というアートスペースがありました。倉庫を改装してつくられた2階建の施設で、2012年にスタートし、毎年公募で選ばれた4組のアーティストが1年限定でアトリエをシェアするというアーティストインレジデンスの活動と、1階にあるイベントスペースの運営を主におこなっていました。5年間という期限付きの活用ということで2017年には閉鎖されてしまいましたが、福岡で活動するアーティストには今でも記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。MMST代表はこのFUCAの第1期レジデントアーティストとして活動していました。私が初めてFUCAを訪れた際、中心部に近い都市部の中にひっそりとありながら、一歩中に足を踏み入れると強い個性を持った独特な空間が拡がっており、知らぬ間に魅了されてしまったことを覚えています。

 代表がレジデンスアーティストとして活動していた縁もあり、その後も何度となくMMST主催の展示や公演で使用させていただいた思い出深い場所です。私自身も1年ほどFUCAの運営に携わらせていただいたことがありますが、アートを中心としながら、クリエーター、作家、音楽家のみならず、アートという垣根を超えて様々な出自の人々が集まる、まさに「Urban Community」な場所であったことが強く印象にあります。イベントスペースの隣に音楽スタジオを構えていたエノトンスタジオさん(現在は福岡市中央区赤坂に移転)は、カフェも運営しておりイベントスペースにて展示や公演を見たお客様が自然と立ち寄る空間になっていました。FUCAに行けば非日常的な感覚が味わえるかもしれない、普段出会わないような人に出会えるかもしれない、そんな期待を毎回持たせてもらえる場所でした。時には「何者だろう」というデタラメな人も含め、とにかく人々が集い多くの出会いが交わされ、一種の文化サロン的な位置付けになっていたように思います。必ずしも難しい話ばかりが行われていたわけではありませんが、芸術、文化、社会、それをとりまく様々な問題や課題意識がフランクに飛び交う場所で、FUCAを訪れ感銘を受けた人がその後自分の友人知人を連れてくることも多く、その輪が自然と広がっているようで、振り返ってもなかなか特殊な磁場を持った空間だったと思います。世界が混沌としている今こそ、このような場所が必要とされているのではないでしょうか。

 エンターテイメントを提供する場は無数にあり、勿論それ自体を否定するつもりもありませんが、共感性の拡大だけでは息苦しい社会になってしまうようにも思います。異なる文脈で生きる者同士が出会い、異なる者同士が力まずに語り合う場があることによって、人間が持つ「多様性」が活かされる社会が生まれるのではないでしょうか。MMSTでも今後そういう場をつくり出すべく実行していきたいと思います。

2026/07/02

挑戦としての「アジア戯曲賞」

 韓国・台湾・日本の交流プログラムとしてはじまったEast Asia Theater Interaction(略称EATI)は、今年で10周年を迎えます。このプロジェクトは、東アジアの演劇人が、舞台創作を通して相互の文化芸術を深く享受し、国家の理念と対立を超えた和合と共存の道を創造していくことを目的として2016年に韓国釜山からスタートしました。コロナ禍でも交流の途絶えない方法を探りながらなんとか継続し、韓国、台湾でも2度の巡演開催を経て、今年は2022年以来3年ぶりの福岡での開催になります。この共同創作プロジェクトでは、毎回3カ国の演出家と俳優らが3チームに分かれてそれぞれ一つの作品を創作しますが、同じテキストでも最低3つの言語に翻訳して解釈し、異なる言語の中で意思疎通をしなければなりません。この時「国を超える言葉、戯曲とは何か」という問題に必ずぶつかります。近年は周知の通りAI技術が発達し、翻訳もある程度精度の高いものが短時間で作成できるようになりました。しかし、容易に言葉や文化が越境できてしまうという安易な感覚が生まれてしまっているとも言えるのではないかと思います。立ち止まってよく考えてみると作家が意図した、或いは意図せずとも「書かれてしまった言葉」が翻訳というプロセスを通ることで作品はどう機能するのでしょうか。

異なる文化圏特有の翻訳できない「言葉」の場合は?
意味として通じることだけで成立しうるのだろうか?
「国を超える」言葉はどのように上演されるのか?
 
創作を進めていくと、言葉・翻訳・上演という具体的な要件の中で悩まざるを得ず、ここに創作を通して交流することの難しさと、魅力が詰まっていると私は考えています。そこで今回、EATI10周年を記念して「アジア戯曲賞」を創設することにしました。

『翻訳されることを前提に、自ら多言語テキストを創り出す』

これはアジア戯曲賞の公式サイトに掲げた文言の一つです。単に国を超えた戯曲賞を創るということだけではなく、あくまでこれまでのEATI実施の中で取り組んで来た試みの延長として捉えており、翻訳における言葉のデザインを考える機会という点にこだわっています。

細かい応募条件等はサイトを見ていただきたいと思いますが、この賞では、劇作家自身が「自分の言葉が他言語に翻訳され、異なる文化圏で上演されること」を執筆段階から強く意識することを重要視し、応募する際に「日本語・英語・中国語・韓国語」の4言語すべてのテキストの提出を義務づけています。4言語の翻訳ともなればかなりの負担を強いられると感じるかもしれませんが、今回AI翻訳の活用を推奨・許可しています。現代のテクノロジーも活用しながら、他言語に開かれた「言葉」のデザインを考え、国を超えた多角的な視野を広げていく劇作家・作品との出会いを期待しています。

「アジア戯曲賞」
https://eastasia-ti.org/award2026

2026/06/21

集団の技術

 人は集団で生活する動物とされており、家族や学校、会社などの組織において複数の人々と協力し生活しています。しかし、昨今ではコミュニケーション技術の革新や社会環境の変化により「集団」的な感覚の衰弱が指摘されています。実際に、表立った大きな喧嘩は避けお互いに踏み込まない距離感を好む、いわばドライな関係性を良しとする場合が多く、できるだけ回避するべきものとして「集団」が捉えられてしまっているように思います。演劇は元来「集団の芸術」と言われるように集団性のプロフェッショナルという立場であったはずですが、残念ながら演劇界においても集団意識が衰弱していると言わざるをえない事例を耳にするようになりました。

 MMSTの稽古においても、たびたび「集団の技術」という話が出ます。自らの行動や発言がどのような意識との関係において選ばれているのか、それが「パーソナルな意識」なのか「パブリックな意識」なのかを考えるということになります。これは「自己の損得勘定」と「集団の損得勘定」と言い換えても良いですが、健全な集団はこの2つが同時に機能している場合に実現すると考えています。その観点からすると、特に日本においては「集団」が個人の犠牲によって成立するというイメージが強く、「集団の損得」については抑制傾向にあり、それに伴う技術的発展が停滞していると感じざるを得ません。まず、この認識を根本的に見直す必要があるのではないでしょうか。韓国俳優との共同制作をすると、まさにこの「集団の技術」を強く感じます。彼らは決してパーソナルな考え方や意識を押し殺しているわけではありません。集団の技術として、どういう言葉や振る舞いが必要なのか、自分の役割は何かを考え、理想の実現の為、あらゆる工夫を実践しているにすぎません。集団や自己を規定する客観的な基準の設け方の中に、膨大な実践において研鑽されてきた「技術」があるように思うのです。私が見てきた国内の現場では、余裕がなくなってくると集団を捨て個人を優先するケースが多かったです。「他人の為」というのは「個人の心の余裕があってできるもの」という振る舞いがまことしやかに言われておりますが、本当にそうなのでしょうか。そもそも、その程度で見失えるひ弱な他者意識で良いのか、そして、それを認めること自体が集団の敗北、演劇の敗北と等しいのではないでしょうか。まさにここに圧倒的な集団技術の不足があるように思うのです。まずは、個人か集団かいずれか一方という狭量な見方を捨て、どちらも最大限求めていくという視野に立って技術を磨く演劇人の出現が必要なのだと思います。



2026/06/14

国際交流の理想と現実

 MMSTでは、韓国や台湾の演劇人とのご縁があり、かれこれ10年以上毎年何かしらの交流事業を続けてきています。国際交流では、演劇に限らずどの分野においても「言語や文化的背景、価値観も違う人々とお互いに尊重し合う」ことを理想としているのではないでしょうか。理想をそのままシンプルに遂行できればいいのですが、実際に事業をおこなっていくと現実はそんなに簡単ではないことに気付かされます。「違う」ことを前提にしていても、共に作業を進めていくと互いに譲れない部分が出てくることはもちろん、尊重しているつもりがかえって相手の立場を軽んじるような行動になっていた、ということさえあります。MMST代表は、国際共同創作をはじめておこなうことになった当初、関係者に対して「交流はできない」ということからスタートすべきだと話ました。その際関係者からは何を身も蓋もないことを言い出すのだと驚かれました。しかし、これは「交流ができない」と諦めているわけではありません。むしろ「交流ができない」というスタートラインに立ってはじめてどうすべきか悩んだり工夫をする、その試行錯誤の過程がこそが「交流」なのではないかというスタンスの表明でした。仲良くするというだけであれば飲み会で楽しく過ごすことで実現できるのかもしれません。しかし、あえて「舞台芸術を通じての交流」を求めるならば、もう一歩踏み込んだ「交流」を考える必要があるのではないでしょうか。それは、作品の創作という目的を共にする人々が、相手のことがわからないからこそ悩み、どう実現するかを考え行動していくこと、その過程の中で相手の文化や異なる価値観に対峙していくという態度が芽生えていく、ここに国際交流の意義があるのだろうと思います。 

2026/06/07

耳をすませば 〜アンケートでは聞こえない観客の声〜

 MMSTの代表はアンケートを読まない。これは少なくとも私がMMSTに所属した当初から現在に至るまで代表の一貫した態度です。誤解されることも多いですが、これは決して観客を軽視しているわけではありません。特に舞台芸術のように、時間と空間を観客と共有する芸術において、紙一枚(あるいは現在はデジタルでのフォーム投稿のようなものも出てきていますが)で一方的に書いて終わりという関係性ではやっていないということだと理解しています。とはいえ、一スタッフ側の事情としては、観客層や公演した会場と集客状況の分析といったマーケティングの視点からの必要性であったり、もっといえば活動の指標として、より客観的な資料提示のためにアンケートを取りたいということはありますので、アンケートを取ること自体に意味がないということではありません。アンケートには、作品についての率直な感想が書かれている場合もあれば、関係者への労いをベースとしたもの、時には作品から離れて自身の過去の思い出話を書き連ねているものまであります。私自身の経験から考えても、自分の考えと発信した言葉が100%一致していることはほぼ無いように思いますので、その意味では声にならない「声」というものがあり、舞台芸術においてはそのような「声」への感度が重要なのではないかと思っています。

 たとえば公演会場で観客の様子を注意深く見れば、この観客はつまらなそうにしている、あの観客は集中して観ている、ということは見えてきますし、黙って作品を観ている観客から多くの見えない情報を受け取ることは可能だろうと思います。観客の要求に応えるのではなく、観客の「声」を聞くこと。そして、まずはそのような声を聞くために「耳をすます」ことが今最も必要なことなのかもしれません。舞台芸術が「今現在」という時間と空間を観客と共有し、目に見えない膨大な情報を感受し合っているという現実を忘れてはならないのではないでしょうか。

2026/05/31

制作?プロデューサー?お母さん?

 映画やドラマ、音楽などの分野において、企画の立ち上げ、資金調達、出演者や各スタッフとの調整、予算やスケジュールの管理などを担う役割の人は、一般的に「プロデューサー」と言われています。舞台芸術分野でも同様ですが、日本の舞台芸術の中でも特に小劇場業界では「制作者」と呼ぶことが多いのではないでしょうか。役割としてはほとんど「プロデューサー」ですが、カンパニーによっては役割や責任を細分化しているために、「プロデューサー」という言葉をあえて使わないというところもあると聞きます。私が小劇場業界に入ってまだ間もない頃、ある先輩制作者から「制作者ってお母さんみたいなものだよね」と言われたことがあります。確かに、全体的な進行管理を意識しながら場合によっては各所で関係者をけしかけたり、公演時には裏では食事の手配、表では観客のために右往左往し、時には俳優の悩みまで聞く先輩制作者を見ていると、お母さんと称されるのも納得がいきます。私自身、しばらくそれが日本における「制作者」のあるべき姿なのだろうと思っていました。しかし、韓国との交流事業をおこなった時のことです。通常の公演時のように昼食のお弁当を用意していると、お弁当を取りにきた韓国俳優が私にお弁当を用意してくれたことの感謝とともに「あなたは食べたんですか?」と聞いてきました。まだ食べていないと答えると「ではまずあなたが選んでください」と言われました。当時制作者の立場では、お弁当はその公演に関わる全ての関係者に渡った最後に手に取るべきという暗黙の了解があったため、とても驚いたのを覚えています。 その俳優が特別に気を遣うタイプの俳優なのだろうと思ったのですが、その後、別の韓国俳優とも全て同じ問答を繰り返すことになりました。韓国人の配慮はすごいななどと思い、その感動を韓国側の制作者(韓国では一般的にプロデューサーというようです)に話したところ「プロデューサーだってプロジェクトの一員として同じ立場なんだから当然でしょう。なぜ感動するのか。」と不思議な顔をして言われました。 その時、私は「同じ立場」ということをどこかで忘れてしまっていたのだと反省しました。もちろん、これは「制作者もお弁当を率先して取るべき」などという話ではありません。制作者でもプロデューサーでも、あくまで、作品のために自分はどのような役割を引き受け、責任を持って遂行するかという意識の持ち方なのだということをあらためて考えさせられました。「集団で作品を作る」ということは、その為に必要なことへの意識が共有され、その中で自分がどの役割を引き受けるのか、そしてそれはそれ以外の役割を引き受けている人や仕事に対する敬意と共に進めるということなのではないでしょうか。以来私は制作者も創作の一員である、として責任による緊張感は高まるものの、胸を張って業務に取り組むようになりました。これは舞台芸術にとって非常に重要なことなのではないでしょうか。

2026/05/25

義理人情の終焉

 数年前にMMSTが韓国で公演した際、荷物が多く劇場から空港までの移動に難を要したことがありました。出演者やスタッフの人数も考えるとタクシーを何台用意したらいいものかわからず、頭を抱えて現地の友人に相談したところ、過去にMMSTが関係した俳優やスタッフに状況が伝わり「何を水臭いことを」と言わんばかりに、車持参で次々と韓国の演劇人が現れて空港まで荷物とともに送ってくれました。見送りのためだけに空港まで来てくれた俳優もおり「忙しいのに悪いね」と話したところ「当たり前ですよ、家族じゃないですか」と平然と返されました。「釜山は福岡と近いからいつでも会える」と軽く考えていた私にとって、自分自身の中に薄れていた「義理人情」という言葉を強く思い出させられた経験でした。韓国の人々には宗教や文化的な背景から、親しくなると「家族と同じだ」という感覚があるらしく、実際の血縁家族の関係でさえ希薄になりつつある日本の状況からすると、なかなか羨ましい人間関係が作られていると思います。かつては日本の美徳とされていた義理人情でしたが、現在の日本社会ではどうでしょうか。「社会的ルールを重んじる日本人の礼儀正しさ」は、災害時においては今でも世界的な賞賛を受けることがありますが、残念ながら日常生活において胸を張れるほどのことが少なくなってきているように思います。私自身の行いを考えても、強く意識しなければ韓国人の「当たり前」のように義理を通すことができなくなっているように思っています。単純なギブアンドテイクではなく「困っているならお互い様」という感覚で関係し合うことは、やはり重要なことなのではないでしょうか。時間の無駄、お金の無駄、そしてそのような「無駄」を省くことが価値とされる現代社会では残念ながら「義理人情」は終焉を迎えつつあります。私はそこで終わりつつあるものを憂いて流れに抗ったり現状を悲観的に見物するのではなく、「終わり」からの「始まり」として、私の考えるこれからの「義理人情」を始めていくことにしました。人生に悔いを残さないよう、私にできること、やるべきことを粛々と実行していきたいと思います。

2026/05/18

恥も外聞もない、を考える。

 私がまだ幼い頃、祖母はよく「おてんとうさまが見てるからね」と言っていました。私への躾の一環で言うこともあれば、祖母自身が自らの行動を律しているようなところもあったようです。祖母がいう「おてんとうさま」は、ある種の信仰心ということには変わりませんが、実際のところ誰かの目、つまり他者を意識し続けるということなのだろうと思います。隣近所や地域的な結びつきが強かった時代には周囲への意識や配慮が当たり前にあったと思いますが、家族の中でさえ個別化されてきている現代では、周囲よりも個人のことを考える時間ばかりが肥大しているように思います。「先ずは自分のことを考えてからでなければ他人を思いやることはできない」という言説は、いつの間にか「正当な考え方」という風潮に変わってきています。この「まずは自分のこと」という内向きな思考の中で考えることが優先されていくと、「恥も外聞もない」世界がどんどん加速してしまうのではないでしょうか。ニュースをみていても見本となる大人が減っていると感じることが増えました。子どもに恥ずかしくない大人としての姿を見せられるのか、という意識をどれくらいの人が持てているのでしょうか。自分自身を振り返っても、余裕がなくなると知らず知らずのうちに自分のことを優先させてしまい、考える範囲が狭まってしまうことが少なくありませんし、結果いいようには決してなりません。そういう時にこそ、一旦立ち止まって他者を意識できると、視野も広がり、周囲との関係もうまくいくことが多いのではないでしょうか。「恥も外聞もない」世界をなんとか食い止めるため「まずは自分」という意識とは別に「他者に誇れる自分」というものを確立していく必要があるのだと思います。舞台芸術、特に集団芸術である演劇は「他者」を考えずには決して成立し得ないものであり、そして、そうであるが故に今こそ重要な意味をもつのではないでしょうか。

2026/05/11

演劇作品の質 〜反復によって固められた退屈な時間〜

 演劇にあまり馴染みのない人からすれば、演劇公演では再現性が重要だと思う観客が多いかもしれません。観客だけでなく、演劇関係者の中でも、いかに台詞や段取りを間違えずに再現できるかを追い求めている人も少なくないと思います。実際、特に俳優は公演に至るまでに多くの時間をかけて稽古を重ね、何度となく同じ台詞や動き、出演者らとのやりとりを体に染み込ませていきます。私はかつて俳優もテクニカルスタッフも公演でも練習と同じように再現できることがプロフェッショナルな仕事なのだと漠然と考えていました。ところが、MMSTの稽古に初めて参加した頃、演出家が「俳優は時間と空間をつくることが仕事である」こと、「瞬間瞬間を生きる」という趣旨の話をしているのを聞き、理屈ではわかる気がするものの実際にはどういうことなのか困惑したことを覚えています。約10年ほど前になりますが、MMSTがとあるプロジェクトに参加して演劇系の大学に通う学生らと共に演劇作品を創ったことがありました。稽古中、学生の一人が語るモノローグのシーンで1時間以上停滞したことがありました。彼女は不真面目というわけではなく、何度も同じ台詞を同じように語りましたが、演出からはそこにむしろNGが出続けます。演出曰く「覚えてきた台詞のリズムを繰り返しているに過ぎない」とのことでした。立ち会っていた私も、その時演出の指摘がいまいちよくわからないまま、ひたすら繰り返される光景が苦痛の時間となっていきました。その重い時間のなか、その学生がそれまでとは違う言葉を発した瞬間がありました。それまで繰り返された音とは確かに違う「聞こえる」言葉でした。その時に初めて演出が「そうだ」と言い、ようやく次のシーンへと進みました。この時、「今」という時間と空間の中で「必要な言葉」というものがあるのだということを体感的に知る機会になりました。俳優は台詞を覚えなければならないものの、それを知らず知らずにリズムとして覚えてしまうと実際に舞台上で必要とされる時間と空間とは関係ない言葉として発せられてしまいます。それらはただの段取りにしかなりません。台詞を完璧に覚えること自体に意味はないことは明らかですが、特に日本の演劇教育の乏しさ故か、台詞を間違えずに言うことに優先度が高くなることがしばしばあるようです。何度となく創作を共にしている韓国俳優らはこの前提が全く違います。初めて彼らと共同制作をおこなった際に練習期間中も毎回台詞や段取りは同じにも関わらず、確実に違う時間と空間を立ち上げていることを目の当たりにして、とても驚かされました。そして、毎回違う作品をみるかのような練習にワクワクさせられました。彼らの作品創作の前提は「同じことがない」ということにあるのかもしれません。そのような「今」という時間と空間と対峙するために反復練習をおこなうということなのだと思います。プロのスポーツ選手が練習を欠かさないことと同様に、作品の質を上げるためには反復練習は必須であるということは明らかだと思いますが、それは間違わないために固めるためのものではないということを先の例の学生や韓国俳優との取り組みのなかで気付かされました。これは演劇にとって極めて重要なことなんだと思います。

2026/05/04

降板のハードル 〜制作者の視点から〜

 かつて俳優の「降板」は相当な継続不能の理由があってのことという認識が演劇関係者の中で共有していたように思います。「親の死に目に会えなくとも幕を開けることを優先する」ことが美学として語られていた時代もありましたし、実際にそれが舞台に立つ覚悟というものだと一昔前にはまだ当たり前のように言われていた話でした。ともかく、かつては降板のハードルは非常に高かった。しかし、近年はこの降板のハードルが徐々に下がってきていることは否めません。特にコロナ禍以降加速しているように感じます。単純に病気や怪我を理由とした降板というよりも、人間関係の拗れなど個々人のパーソナルな理由での降板が増えていることが気になります。制作者の立場からも「降板」というネガティブな状況は、可能な限り避けたい事案の一つです。すでに世に出ている公演情報の修正はもちろん、降板する俳優の出演、作品を楽しみにしている観客への対応、返金問題とその段取りなど様々な業務も増えますし、何よりその作品が当初の目指すべき状態ではなくなるという事態にスタッフを含め多くの人が巻き込まれていきます。演劇は「関係性の芸術」といわれるように、公演という一つのパーティーが組まれた時から一個人の問題ではなくなるはずです。それでも最近では俳優という前に一個人の問題への比重が大きくなっているようで、降板理由を聞いても首を傾げたくなるような例も少なくありません。昨今はハラスメントをはじめとした創作環境への配慮も重なり、様々なことへの判断を迷う状況であることは承知していますが、「降板」と聞くと私は降板によって多くの影響を伴うそのその集団の思いや状況を想像してしまい胃が痛くなります。

 私は降板のハードルはある程度高い状態にしておくことが舞台芸術の質を上げることに繋がると思います。それは、当然俳優だけの意識の問題ではありません。スタッフを含めたその集団全体の意識が高い状態でキープされることによって、個人の問題だけを考えることを遠ざけ、結果作品クオリティも上がると思うからです。プロスポーツ選手を例に考えればわかりやすいですが、ある特殊な世界の中で生きるためには日常的な価値観は括弧に入れなければ成立しないはずです。誰でもが簡単にできない専門性をもつからこそ舞台に立てるという前提にたてば、降りやすいという意識を醸成してしまうことは、自分たちの外からの見られ方を落としてしまうことにもなりかねません。個人の問題ではない、という関係性の中でどれくらい生きられるかがこれからの演劇には益々必要な意識なのだろうと思います。 

2026/04/12

自分と他人の不平等

 幼い頃から人は皆平等であると教えられることが多いと思いますが、実社会ではむしろ不平等さを感じることが少なくありません。自分と同じように他人を平等に扱うことは簡単なようで意外と難しいのではないでしょうか。政治の世界一つとっても、与党議員の裏金問題を「逃げるな」と激しく追及していた野党議員が自らの裏金問題が明るみになった際には当たり前のように逃げ回るというようなことは珍しくありません。MMSTでも、他者に対しての言動が自分に返ってきた時に耐え得るのかという意味で「ブーメランを回避できるか」という話が上がることが多々あります。これは自分も言われたくないから相手にも言わないという消極的な話ではなく、相手を指摘するレベルで自分をも顧みて対応できるかどうかという向上心に立った話だと私は理解しています。人に厳しくいうのならば少なくとも同レベルで自分に対しても厳しさを持たなければ説得力もありませんし、実際に状況も変わらないだろうと思います。自分で自分を律することができる大人が少なくなってきていると言われますが、それは選択肢や個別化が進んで関係性を意識する機会が減っているからかもしれません。部下に遅刻するなと言ったからには自分が遅刻するわけにはいかない、というシンプルな関係意識によって他者への目を自分にも向けることができるか。自他の不平等の是正こそが今もっとも問われていることのように思います。

2026/04/05

思い通りにいかなくなった時こそ必要なこと

 美術を学んだことがある人なら物を描くデッサンは一通り通過していると思います。私も高校時代はデッサンに明け暮れた時期を過ごしました。美大を受験したため入試にはデッサンが必須。入試が近づいてくると焦る気持ちから段々と自分が描いているものが良いのかどうか分からなくなったことがあります。そんな状況を察してなのか恩師が一言「おまえ、自分の絵ばっかり見とったらつまらんぞ(ダメだぞ)」。当初全く意味がわかりませんでしたが、恩師曰く変に焦ってくると視野がどんどん狭くなり自分がどうなっているかということばかりに気を取られていく。そうなると悪循環でどう頑張っても目に見えているのが自分の描いてる絵ばかりになり、うまくいかなくなるのだと言います。うまくいく人は目の前の対象物やもっと広い意味での空間に対しての意識があり、もっといえば一緒に描いている周囲の人が描いているものまで見えていたりするのだと。当時はそういうものなのだろうかと半信半疑でしたが、社会に出るとこれはデッサン以外でもほとんど当てはまるのではないかと思うようになりました。仕事でも人間関係でも思い通りにいかなくなることが多々ある中で、うまくいく人は周囲や相手の状況をよく見ており「自分がどうか」よりも「その場をどううまく進めるか」に視点が注がれているように思います。逆にうまくいかない場合は、かつての私のデッサンのように自分の絵ばかりが気になってしまうということかもしれません。実際にこのブログでも何度となく紹介した韓国人俳優の多くはこの周りへの視点の強さが際立っていると思います。もちろん平常時では多くの人がよほど自己中心的でない限り、周囲への配慮や客観的視点を持っていることがほとんどではないでしょうか。重要なのは思い通りにいかなくなった時にどうするかが人間としての力量を問われているのだと思います。MMSTの稽古でもこれまで頻繁に言われている話ですが、思い通りにいかない時こそ、周りとの関係性を意識できるか。その関係性の中での振る舞いが相手にどういう影響を及ぼすのかを考えられるか。そこに自分の絵ばかり見て右往左往しているうちは状況を変えることも周りに良い影響を与えることもできないのかもしれません。

2026/03/22

領土問題を『結婚申込』(作チェーホフ)から考える

 ロシアの劇作家、チェーホフの短編喜劇『結婚申込』は、2023年に当団体が開催した夏のワークショップにおいて創作作品として取り上げたこともあり、私にとって思い出深い作品の一つです。この作品は、隣人の娘に結婚申し込みに来た男が、相手の娘と土地所有を巡って口論になり、諍いが拡大していくという内容です。喜劇として描かれている作品ですが、昨今の世界情勢を思うと笑ってばかりもいられない複雑な心境になります。領土問題は人類が長い歴史において幾度も繰り返してきた問題ですが、『サピエンス全史』を書いたユヴァル・ノア・ハラリによれば、人類が定住し農耕を始めたことで小麦のストックが始まり、そこに格差が生まれたことが「争い」の起源であると述べています。「所有」が争いを生むという人間の特性をチェーホフはよく捉えていたのではないでしょうか。実際に私たちが行った上演では韓国人俳優と日本人俳優が混在して行われましたので、「争い」と「和解」の繰り返しが妙なリアリティーを生む上演になっていました。私はここに演劇というものの豊かさがあるように考えています。演劇史を振り返れば、時代や国も違う人間がそれぞれの時代や場所において、あらゆる工夫をして生きてきました。私たちはその先人の「工夫」を「今を生きる」ということに活用できないだろうか、そして、演劇がその工夫を実感として扱うことに最も適しているのではないでしょうか。原作では、結婚しても争いが続くであろうことがほのめかされつつ、このカップルの間にはいる父親の皮肉な祝杯で幕を閉じます。中東やウクライナといった場所で生じている「争い」の中で私たちはどのような「祝杯」を生むことができるのか。今こそ、ロシア人であるチェーホフの「工夫」を活用できるのではないかと私は考えています。

2026/03/11

劇場・稽古場・自己の公共性

 MMSTは、2007年に奈良県天川村にある古民家を改装し占有アトリエを構えました。その後、代表が福岡に移住したことを機に2015年には福岡市内に団体事務所兼稽古場を構え、2021年には大川市に稽古場や滞在スペースを保有した劇場を立ち上げました。 天川村のアトリエは残念ながら昨年閉鎖することになりましたが、私が創作環境の重要さを初めて教えられた大切な場所でした。 稽古場を構える前は、公共施設や有料スタジオをレンタルして活動していましたが、占有ではない場所を利用する場合、利用時間の制約や舞台で使用する道具を置いたままにできないなど、様々な制約に縛られます。 そして何より利用料金という経済的な問題は活動の存続にとって深刻なことでした。  MMSTでは総合的に考えて自分たちの「場」を持った方が有益だろうという判断から占有稽古場を持つに至りました。越えるべき問題は多々ありつつも、これまでなんとか運用を継続しています。 稽古場を持ち続けることには確かに様々な努力が必要ですが、毎回稽古場を確保できるか、利用時間内に練習を終えられるかといったストレスからは解放されますし、本番に近い形で舞台セットを組んだり、テクニカル的な調整も行えたり、24時間体制で試行錯誤できる空間があるということはやはり創作において大きなメリットと言えます。 そして、昨年行った天川村アトリエの最後の公演で、国内外から関係者が集い共通の思い出を語りあう光景を目にし、「占有とは閉じられると同時に拡がる」ということであり、ここに「公共」ということの実態があるのではないかと強く感じました。 効率や稽古の質という問題だけではない、その「場」に集まった人々それぞれが持つ自己の体感の蓄積、そして、そこから拡がっていく関係性の中に、集団芸術、空間芸術と言われる演劇にとって重要な要素があるのだろうと思います。

Translate